ネフローゼ症候群

  • 正常では尿中に排泄される蛋白質は30~45mg/日で1/3はアルブミンである。尿蛋白の正常上限は150mg/日であり、運動負荷により300mg/日までは増加する。糸球体毛細血管は、血清蛋白の濾過がされないようバリアとして働く。
  • このバリアは3層で構成される。
  • 血管側から内皮細胞、基底膜、上皮細胞である。蛋白質通過のバリアはサイズバリア(分子量17000Daのミオグロビンなどの小分子蛋白は自由に通過するが、69000Daアルブミンに近づくにつれ通過度は急速に減少してゼロに近づく)とチャージバリア(糸球体毛細管膜は負に荷電しており、やはり負に荷電している蛋白質の通過が制限される)が存在する。
  • バリアが障害されると蛋白尿を生じ、高度な場合はネフローゼ症候群になる。
  • ネフローゼ症候群は高度の蛋白尿とそれによる低蛋白血症を合併する疾患である。国際的には蛋白尿/血清蛋白量による基準はないが、本邦では平成22年度に厚労省研究班により改訂された診断基準がある(日本腎臓学会 ネフローゼ症候群診療指針)。

≪ネフローゼ症候群の診断基準≫

  1)3.5g/日以上の蛋白尿(随時尿3.5g/gCr)

  2)血清Alb濃度<3.0g/dl(血清総蛋白<6.0g/日)lまたは、の2項目は必須

  参考所見)浮腫、脂質異常症(高LDL血症)、尿沈渣で卵円脂肪体

(平成22年度厚労省難治性疾患対策進行性腎障害に対する調査研究班)

 

ネフローゼ症候群の分類

  • ネフローゼ症候群は腎症状のみからなる1次性、原因疾患が存在する2次性がある。
  • 1次性ネフローゼ症候群は成人では組織型の推測が難しいため腎生検により確定診断がなされる。以下の5型とその他がある。
  1. 微小変化型(minimal change nephrotic syndrome:MCNS)
  2. 巣状分節状糸球体硬化症(focal segmental glomerulosclerosis:FSGS)
  3. 膜性腎症(membranous nephropathy:MN)
  4. 膜性増殖性糸球体腎炎(membrano-proliferative glomerulonephritis:MPGN)
  5. メサンギウム増殖性糸球体腎炎(Mesangial proliferative glomerulo-nephritis:MesPGN)
  • 小児ではほとんどがMCNSであるので腎生検は難治例のみに行う。
  • 2次性ネフローゼ症候群も1次性に準じて分類する。臨床状況の特徴からある程度の推測は可能である。腎生検の出来ないときなどには参考になる。
  • 発症形式、尿蛋白の選択性、ステロイド反応性、血尿合併の程度、補体、自己抗体などが参考になる。尿蛋白の選択性はSelectivity Index (SI) といわれ、低分子量のトランスフェリン(Tf)と高分子量のIgGのクリアランス比で表される。SI≦0.2を高選択性、SI>0.3で低選択性と判断する。

SI= IgGクリアランス / Tfクリアランス={ U (IgG) / Serum (IgG) } / { U (Tf) / S (Tf) }

  • MCNSは急性発症、蛋白尿は高度でありSIは高選択性、ステロイドの反応性がよい。血尿は少ないなどが典型例である。
  • FSGSではSIが低選択性、ステロイドの反応が悪い、血尿を認める。
  • MNは発症が緩徐、SIが低選択性、ステロイドはゆっくりと効く。
  • MPGNでは低補体血症

ネフローゼ症候群治療の概要

  • ネフローゼ症候群に共通する治療は食事療法、安静と運動制限、免疫抑制療法(ステロイド/免疫抑制剤)、蛋白尿軽減や腎機能保護のためのARB/ACE-I、血栓症対策(抗血小板薬、抗凝固療法)浮腫対策、高脂血症対策がある。
  • 食事療法では蛋白制限、塩分制限である。蛋白尿に漏れた分を補わずに低蛋白食とした場合の方が尿蛋白減少、血清Alb濃度上昇につながることから0.8g/kg体重(GFR<30ml/min/1.73m2では0.6g/kg)とする。蛋白異化を防ぐため十分なカロリー補給を行う(35kcal/kg体重、肥満や糖尿病では減らす)、塩分3~7g/日とする。食事摂取量に応じて厳しくしたりゆるくしたり調節する。
  • 運動療法はネフローゼが重篤な時に短期間の安静は必要であるが、治療期間が長期にわたる場合は骨量/筋力維持、精神的な影響も考え、腎機能悪化のモニタリングを行いながらCKDで許容される程度の運動(5~6METs)を許可する。
  • ステロイド療法は成人における十分なエビデンスは無いが経験的には0.6~1.2mg/kg体重で開始し、反応を見ながら約2~8週間持続したあと減量する。6ヶ月程度かけて減量し、可能なら中止とするが、維持量として5~10mg/日を1~2年継続することがある。ステロイドパルス療法は治療の立ち上がりの早さを期待して重症例でしばしば行われる。隔日投与でも効果が減弱しないという報告があり、副腎抑制や感染症などの副作用や合併症が減ることを期待して使用を検討してもよいと思われる。
  • 免疫抑制剤はステロイド抵抗性の症例で使用される。シクロスポリンはMCNS、FSGS、MNで使用される。トラフレベルをMCNSでは100ng/dl、FSGS/MNでは150ng/dlを目安に投与量調整を行い1~2年間投与する。6ヶ月の投与でも効果が得られない場合は変更、中止を検討する。腎毒性がありGFRのモニタリングも大切である。シクロフォスファミドは効果は期待できるが卵巣機能障害や骨髄抑制が起こりやすく使いにくい薬剤であり、難治例に限られる。
  • ARB/ACE-Iは腎保護作用と蛋白尿抑制作用が期待できるため積極的な使用を検討する。高K血症に注意しながら徐々に増量する。併用も可能。さらに抗アルドステロン薬(スピロノラクトン®など)の追加も検討してよい。
  • 抗血小板薬の塩酸ジラゼブ(コメリアン®)やジピリダモール(ペルサンチンL®)は蛋白尿減少効果を期待して投与されることが多い薬剤である。
  • 抗凝固療法を行うことがある。MNやMPGN、MCNSなどでは血栓症を起こしうる。深部静脈血栓症、腎静脈血栓症が多い。血栓症が確認されればヘパリン、ワーファリンを使用する。MNで血清Alb濃度<2.0mg/dlなどではハイリスク群と考え予防的にワーファリンが投与されることがある。
  • 高脂血症に対しては極力スタチン系薬剤での抑制を試みる。腎機能低下時には横紋筋融解症が合併しやすいので注意が必要である。
  • 浮腫に対しては塩分制限が基本である。塩分を制限せずに水を制限するのは人体の構造上(口渇刺激→飲水)困難なので水分制限を強いるのではなく塩分制限を十分に行う。ただし急激な制限は循環血液量低下や高K血症がおこるので注意が必要。
  • 浮腫が持続する場合はループ利尿薬を用いる。Furosemide経口投与の最大量は240mg/日である。効果不十分ならサイアザイド系利尿薬(フルイトラン®4~8mg)の併用も検討する。

 

ネフローゼ症候群の組織分類と臨床

微小変化群(Minimal change nephritic syndrome:MCNS)

  • MSCNは小児ネフローゼ症候群の80~90%、成人でも40%を占め頻度としては最も多い。日の単位で高度の浮腫と尿量減少に気づく形で発症する。
  • 倦怠感、食欲不振、顔面浮腫や下腿浮腫、体重増加などの自覚症状を認める。高血圧や肺うっ血を合併することもある。
  • 血尿は頻度15%以下と少なく、認める場合も顕微鏡的血尿にとどまる。
  • 尿蛋白の選択性は高い。選択性の高い場合は間質障害が軽度で治療への反応性がよい場合が多い。
  • 1~3週間のステロイド治療で80~90%の症例で完全寛解になる。一部は無治療で軽快する例もある。但しステロイド減量中または中止後に30~50%で再発しステロイド依存性となる。約10%はステロイドの効果が十分得られない治療抵抗性である。
  • 病理組織は光顕で糸球体に異常を認めない。蛍光抗体法でも免疫グロブリンや補体の沈着を認めない。電子顕微鏡では足細胞(podcyte)の足突起癒合が見られる。FSGSとの鑑別はサンプリングされた糸球体が十分でないと難しいことがある。
  • ステロイド治療はPSL0.6~1.2mg/kgで開始される。ステロイドパルスが併用されることもあるが有効性は明らかでない。1~3週間で完全寛解になり尿蛋白は正常化する。急速な減量は再発を起こしやすいため、初期量2~4週使用の後、5~10mgずつ2~4週間隔で減量する。隔日投与でも効果が変わらないという報告もあり副作用を抑えるためには試みられてもよいかもしれない。
  • 頻回再発例(ステロイド依存性)、ステロイド抵抗性の場合は第2選択薬としてシクロスポリン、ミゾリビンが用いられる。その他タクロリムス、シクロフォスファミド、MMFなどの有効性も報告されており、第3選択の治療法として考慮される。
  • 2次性MCNSを引き起こす原因疾患としては麻疹などのウイルス感染、寄生虫、細菌感染、薬剤性(NDAIDs、金製剤、リチウム製剤、IFN、アンピシリン、リファンピシン、ST合剤)、腫瘍(ホジキンリンパ腫、非ホジキンリンパ腫、胃癌、肺癌、大腸癌、白血病)、アレルギー性疾患(花粉症、蜂刺症、虻刺症、アトピー性皮膚炎、植物性アレルギー、粉塵アレルギー)、SLEなどがある。

巣状糸球体硬化症(Focal segmental glomerulosclerosis:FSGS)

  • FSGSの特徴は、1つの糸球体のある区域に(分節状:segmental)に、また一部の糸球体(巣状:focal)に糸球体毛細血管の虚脱と、軽度から中程度のメサンギウム細胞の増殖とメサンギウム基質の増加が生じる(硬化病変)ことが特徴である。
  • 進行するに従って尿細管萎縮、間質の線維化、全糸球体硬化になり腎機能は廃絶する。
  • H6の厚生省の原発性ネフローゼ症候群疫学調査ではFSGSの頻度は約10%、10年以内に血液透析を必要とする難治性ネフローゼ症候群の29%とされている。
  • したがってFSGSは頻度が低いが治療抵抗性で末期腎不全になる確率の高い疾患であるといえる。
  • 2次性FSGSの原因は、家族性/遺伝性(糸球体基底膜の構成蛋白に関わる遺伝子異常がいくつかわかっている)、薬剤性(ヘロイン、IFN-α、リチウム、パミドロン酸(アレディア®)、シロリムス)、ウイルス性(HIV、ヒトパルボウイルスB19、SV40、サイトメガロウイルス)や機能している腎実質が少なくなる状態(膀胱尿管逆流、著明な肥満、尿路閉塞、片腎など)が知られている。
  • FSGSの半数はステロイド単独で部分または完全寛解になる。しかし残りの半数は治療抵抗性の難治性ネフローゼである。
  • 難治例に対する免疫抑制剤のエビデンスは不十分だが、日本では中等度のステロイド治療を優先し、難治例に対してステロイドパルス、シクロスポリン、ミゾリビン、シクロホスファミドを用いるプロトコールが厚生省研究班から出されている。(日腎会誌2008;50:224)、また海外ではシクロスポリンを中心としたプロトコールも出されている。(Kidney Int2007; 72:1429)。
  • LDLアフェレーシスもFSGSに保険適応があり、高脂血症が著しい場合に行われ腎症の改善に有効のことがある。マクロファージ機能の回復、血中サイトカインの低下、治験薬剤の細胞感受性回復などの機序が考えられている(日内会誌2009;98:1069)。

膜性腎症(Membranous nephropathy:MN)

  • MNは病理組織にて糸球体基底膜の上皮下(上皮と基底膜の間)に免疫グロブリン、補体が顆粒状に沈着することが特徴的である。
  • 日本人の成人における原発性ネフローゼ症候群では最も頻度が高い。
  • 原因不明の特発性MNが約80%を占める。
  • 2次性MNは自己免疫疾患や悪性腫瘍、感染症/薬剤投与により生じた抗原抗体反応により免疫複合体がつくられ、糸球体基底膜に沈着することが原因と考えられている。原因薬剤中止や原疾患の治療により腎症も改善することが多い。
  • 腎病理組織の蛍光抗体法でIgGサブクラス(IgG1~IgG4)の染色性は悪性腫瘍関連のものでIgG1、IgG2に強く、特発性ではIgG4が優位になるという知見もあり(Nephrol Dial Transplant. 2004;19:574)悪性腫瘍関連MNの発見の参考に出来る。
  • 2次性ネフローゼではMNが最多で以下の疾患での報告がある。
  • 治療は2次性MNでは原疾患の治療が優先される。
  • 原疾患がコントロールされれば腎症状も消失し得るが速やかな改善が見られない場合は短期間ステロイド、免疫抑制剤を使用する。
  • 特発性MNはネフローゼ症候群とならない場合は腎機能予後が良好であるため、免疫抑制療法は行わずACE-I/ARB、抗血小板薬、スタチンなど支持療法で尿蛋白抑制を目指す。ネフローゼ症候群の場合はステロイド中心の治療となる。PSL40mg×4~8週間で効果が見られない場合はFSGSと同様に免疫抑制剤を使用する。

膜性増殖性糸球体腎炎(Membranoproliferative glomerulonephritis: MPGN)

  • MPGNはメサンギウム細胞増殖と糸球体係蹄壁の肥厚を示す糸球体腎炎で、治療反応性に乏しく10年で半数が末期腎不全となる。
  • C型肝炎ウイルスなどによる2次性の頻度が高い。成人の特発性MPGNは特発性ネフローゼ症候群の約7%を占めるが、近年更に減少傾向にあるといわれている。
  • 特発性MPGNは電子顕微鏡での沈着物の部位により3型に分けられる。Ⅰ型は内皮下が主体なもの。Ⅱ型は基底膜自体に認めるもの、Ⅲ型は膜性腎症で見られる上皮下と内皮下に認めるものでⅠ型の亜型とされる。
  • Ⅰ型MPGNの半数以上は学校検尿で見つかる。
  • 一方でASO上昇、先行感染後に肉眼的血尿を伴って発症する場合もあり急性糸球体腎炎との鑑別が難しいこともある。急性腎炎様の経過でも低補体血症が8週間以上持続する場合はMPGNを考慮する。
  • ネフローゼ症候群は初診時に50%、血尿は経過中には全例に認める。低補体血症の合併が多い。初診時に50%、経過中に90%合併する。
  • 成人特に高齢者ではC型肝炎ウイルスの検索は必須である。高齢者MPGNの半数はC型ウイルス関連腎症であり、この場合HCV抗体は全例陽性である。
  • 特発性Ⅰ型MPGNの腎予後は一般に不良であるが、異常尿所見のみの場合は経過観察のみで予後が悪くない。ネフローゼ症候群の場合はステロイド治療が行われる。小児ではステロイド治療が有用である知見があるが、成人では他の免疫抑制剤も含めて有効性が確立していない。
  • 抗血小板薬、抗凝固薬などの投与も行われるが明らかなエビデンスに基づく治療ではない。ステロイド+MMF(mycophenolate mofetil)がステロイド単独療法に比べて有効であったとするもの(Nephrol Dial Transplant 2004;19:3160)もあり、長期成績が待たれる。MPGNⅡ型は極めて稀なため、またⅢ型はI型の亜型といわれており診断治療はⅠ型に準ずると考えられるため割愛する。
  • 2次性のMPGNは免疫複合体が関与する疾患(慢性感染症、自己免疫疾患)、血栓性微小血管症による内皮障害が原因となるもの、パラプロテイン血症がある。(Kidney Int. 1995;47:643)