急速進行性の認知症

  • ほとんどの認知症進行は緩徐であるが、急速進行性認知症(Rapid progressive dementia:RPD)とは週~月単位、時には日の単位の認知症進行をいう。
  • 致死的な疾患もありうるので、迅速な診断が必要である。原因は神経変性疾患、感染症、代謝、自己免疫疾患など多岐にわたる。
  • 孤発性のCreutzfeldt-Jakob病(CJD)はRPDの代表的な疾患で、世界中で100万人に1人の発生率。日本での患者発生数は200人/年で、約1年で死亡するため発生患者数=全患者数となる。
  • 注意深い病歴聴取により医原性または抑うつによる認知症の診断ができることもある。貧血、電解質異常、肝腎機能障害、甲状腺疾患、ビタミン12欠乏を調べる必要がある。
  • 急速進行性認知症は治療可能であることも少なくない(治療可能な認知症:Treatable demantia)。

急速に進行する認知症の鑑別診断

急速に進行する認知症には以下の疾患がある。Neurol Clin.2007;25:783)

神経変性疾患

クロイツフェルト・ヤコブ病

アルツハイマー病

レビー小体型認知症

前頭側頭型認知症

大脳皮質基底核変性症

進行性核上性麻痺

 感染性疾患

ウイルス性脳炎(HSVなど)

HIV脳症

進行性多巣性白質脳症

亜急性硬化性全脳炎(若年者)

真菌感染(主に免疫不全者、中枢神経アスペルギルス症など)

梅毒

寄生虫症

ライム病(稀に脳症を合併)

ホイップル病

肉芽腫性アメーバ性脳炎(Balamuthia)

中毒・代謝障害

ビタミンB12欠乏

ビタミンB1欠乏

ナイアシン欠乏

葉酸欠乏(認知障害はまれ)

尿毒症

ウィルソン病

ポルフィリン症

肝脳変性症

ビスマス中毒

リチウム中毒

水銀中毒

砒素中毒

電解質異常

自己免疫性

橋本脳症

傍腫瘍性/自己免疫性辺縁系脳炎

中枢神経ループス

中枢神経血管炎

神経サルコイド症

内分泌

甲状腺機能障害

副甲状腺機能障害

副腎不全

腫瘍関連

非自己免疫性傍腫瘍疾患

悪性腫瘍の脳転移

中枢神経原発リンパ腫

血管内リンパ腫

リンパ脈管肉芽腫症

大脳神経膠腫症(gliomatosis cerebri)

神経変性疾患

  • これらを評価するために血算、電解質、肝機能、梅毒、自己抗体、尿検査、髄液、頭部MRI、脳波を行い、異常を認める場合はさらに詳細な評価を行う。

神経変性疾患

  • RPDに運動障害と小脳失調を伴う場合に、CJDをもっとも疑う。
  • CJDの診断基準(難病情報センター プリオン病(1)クロイツフェルト・ヤコブ病)や脳波、髄液蛋白などの検査は初期には感度特異度共に十分でない。初期に見られる行動異常や失語が入っていない。114名のクロイツフェルト・ヤコブ病の初発症状を調べ、認知障害39%、小脳21%、行動変化20%、性格変化20%、感覚障害11%、運動障害9%、視力障害7%であったとの報告があるが、行動変化、性格変化、頭痛めまいなどの症状は診断項目外である。近年、髄液中タウ蛋白やNSEが診断の助けになるというデータが出ている。しかし、これらの蛋白は脳細胞の破壊により出てくる蛋白であり、プリオン病特異的ではないと考えられている。
  • アルツハイマー病(AD)、レビー小体型認知症、前頭側頭葉型認知症(FTD)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、進行性核上性麻痺(PSP)などは典型的には緩徐進行型であるが、まれに急速な経過をたどることがある。ドイツやフランスの病理解剖の研究ではCJDが疑われた症例の数%はADやDLBであったとされる。その他、Neurofilament inclusion body disease (NIBD)、家族性特発性基底核石灰化症(Fahr’s disease:ファール病)なども鑑別になる。
レビー小体型認知症 比較的急性で1年以内の死亡例もある。ADに次いでCJDと紛らわしい疾患
 前頭側頭型認知症 急速進行はまれだがADの典型例よりは急速。前頭葉症状(行動、性格変化)を伴うことが多い。15%以上は筋萎縮性側索硬化症を合併し1.4年以内に死亡する。
大脳基底核変性症 パーキンソニズムを伴うことが多く、AD,PSP,FTDとの鑑別が難しい。ミオクローヌス、視力/感覚/運動異常を合併しCJDと紛らわしいこともあるがMRIのFRAIRやDWIで区別できる
進行性核上性麻痺 CJDと区別が難しかった症例報告がある。認知症、無動、姿勢反射障害、筋拘縮、パーキンソニズムなどを合併することが多くCJDと共通の症状である。

自己免疫性脳症による急速進行性認知症

  • 最近まで、自己免疫による脳症は腫瘍随伴性と考えられてきたが、腫瘍が見つからない場合もあり、すべてが腫瘍随伴性ではないと考えられている。
  • 腫瘍随伴性のものは急速進行性の辺縁系脳炎(脳症)としてあらわれる。
  • 中枢神経が侵される傍腫瘍神経症候群は大きく2つに分けられる。一つは神経の部分的な領域のみ侵される場合で辺縁系脳炎(脳症)、小脳症候群、網膜変性などがある。
  • もうひとつはびまん性多発性に神経を侵される場合で、傍腫瘍脳脊髄炎とよばれる。よく知られてい症状は亜急性健忘症候群であり、順行性の記憶障害と逆行性健忘症を伴う。抑うつ、性格変化、不安、情緒不安定が認知障害に先行する。痙攣もよくみられる。
  • 腫瘍が見つからない場合、腫瘍随伴性を疑う兆候は多彩な神経症状、髄液の炎症所見、腫瘍マーカーの上昇、がんの家族歴、原因不明の体重減少や食欲不振などである。
  • 小細胞癌、胚細胞腫瘍、胸腺腫、ホジキン病、乳癌がよく知られている。
  • 抗Hu抗体、抗Ma2抗体、抗CV2抗体、抗Yo抗体などがあるが、これらの抗体がみつかるならば強く悪性腫瘍の存在が疑われる。検出される抗体の種類のほうが神経兆候のパターンよりも悪性腫瘍の種類に相関する。
  • スティッフパーソン症候群は軽度の認知障害を合併しうる。抗GAD抗体が陽性になることが多い。
  • 橋本脳症はまれであるが、しばしば見逃される疾患である。橋本甲状腺炎に合併するが、甲状腺機能が正常でもおこるので、粘液水腫とは区別される。認知障害、抑うつ、人格変化、精神症状、ミオクローヌス、失調、錐体路/錐体外路症状など多彩な神経症状をしめし、抗サイログロブリン抗体や抗TPO抗体が陽性で甲状腺機能が正常の場合に疑われる。ステロイド治療の適応になる。
  • 多くの自己免疫異常は免疫抑制療法で改善することは重要である。最近提唱されている概念で"cerebral amyloid inflammatory vaculopathy”という慢性肉芽腫性血管炎があるが、デキサメサゾン4mg2回投与で速やかに回復する
  • 膠原病や肉芽腫性疾患では血管炎以外の機序で中枢神経障害を示すことがある。脳限局型血管炎、結節性多発動脈炎、サルコイドーシス、SLE、シェーグレン症候群、セリアック病、ベーチェット病、好酸球増多症候群などでみられる。
  • 中枢神経の血管炎もRPDの原因となる。診断は臨床徴候と検査所見を総合的に判断する。発熱、体重減少、皮疹、神経障害、他臓器の(血管炎の)症状、ブドウ膜炎/強膜炎などが血管炎の兆候であることがある。補体、抗核抗体、RF、抗SSA抗体、抗SSB抗体、C-ANCA/P-ANCA、ESR、CRPなどが参考になる。脳以外の画像所見も参考になることがある。原発性血管炎を疑うときには血管造影や脳生検が診断のためにひつようかもしれない。血管内リンパ腫はしばしば中枢神経血管炎と鑑別が難しいことがある。

血管疾患による急速進行性認知症

  • 脳血管障害でもRPDの原因となる。大血管の閉塞、視床、前頭葉、び慢性多発性脳梗塞のいずれもRPDの原因となる。血栓性血小板減少性紫斑病や過粘稠度症候群(MGUSなど)なども原因となる

感染症による急速進行性認知症

  • HIV感染による認知症は感染の後期、抗ウイルス療法でHIVウイルスが消失し、免疫系を再構築するときに起こりやすい。RPD患者ではHIV検査は必ず行うべきである。
  • HIVや他の免疫抑制状態に伴う日和見感染による髄膜炎/脳炎もRPDの原因となる。クリプトコッカス、JCウイルス、抗酸菌(非結核性のM.neoaurumの報告もある)
  • 梅毒ライム病などのスピロヘータ感染症もRPDの原因となりうる。また麻疹の多い地域では亜急性硬化性全脳炎も鑑別になる。
  • Whipple病は50~70台の男性に多い。典型例では下痢、発熱、体重減少、腹痛、リンパ節腫脹であるが、15%は消化器症状を認めない。神経症状は5-45%に生じ、その中の50%は認知障害や精神状態の変容を示す。認知障害、眼筋麻痺、ミオクローヌスの3徴を合併がそろえば神経Whipple病を強く示唆することになる。しばしばCBDやPSPと鑑別が必要で、確定診断には空腸生検でTropheryma whippeliiをPAS染色で見つけるか、髄液や空腸生検検体のPCRで菌体を検出することである。

悪性腫瘍による急速進行性認知症

  • MRIですぐに見つからない悪性腫瘍でRPDとなるのは、原発性中枢神経リンパ腫(PCNSL)、血管内リンパ腫、リンパ腫様肉芽腫症がある。
  • PCNSLは非ホジキン性のびまん性大細胞Bリンパ腫である。典型的には頭蓋内腫瘤として現れるが、びまん性に浸潤する場合は人格変化、記憶障害、興奮、無気力、昏迷、見当識障害、精神症状、失語、失調、歩行障害などが出ることがある。免疫抑制でない患者の場合は50-70台の男性にやや多く、10%ではブドウ膜炎や硝子体炎を合併し腫瘍に先行する事が多い。髄液ではリンパ球増多がみられが、リンパ腫と確定するには髄液検査を繰り返したり、生検が必要だったりする。全脳照射やMTXを中心とした化学療法が行われるが予後は悪い。
  • 血管内リンパ腫は様々な臓器病変を出すが、皮膚、網内系、中枢神経、不明熱のいずれかを伴うことが多い。血管内でリンパ腫が増殖するので実質内は正常に保たれることもある。炎症反応やLDH上昇を伴うこともある。MRIでは斑状のT2high、T1で造影効果のある病変がみられることがある。RPDとこのようなMRI所見がある場合は脳生検も考慮する。予後は悪くほとんどが死後の診断になる。

中毒による急速進行性認知症

  • 代謝異常が原因のRPDにはビタミン欠乏、内分泌疾患、先天性代謝疾患で成人発症のものがある。
  • ナイアシン欠乏によるぺラグラは3d(皮膚炎:dermatitis、下痢:diarrhea、認知症:dimentia)を特徴とする疾患で、末梢神経障害、脊髄障害などを伴うこともある。先進国ではぺラグラはアルコール中毒、神経性食思不振症、イソニアジド内服などでおこる。
  • ビタミンB1欠乏はウェルニッケ脳症といわれるが、典型的な3徴候は眼筋麻痺、失調、記憶障害である。
  • すべての認知症患者ではビタミンB12測定を行うべきである。
  • 急性の経過で消化器症状、症状の変動、説明しがたい腹痛があるときは急性間欠性ポルフィリン症の除外が必要である。
  • 成人発症の異染性白質ジストロフィーで精神症状と認知症状を呈し、失調や筋力低下を18ヶ月も認めなかった症例もあった。ほかの白質ジストロフィーも同様に認知症状を合併しうる。正染性白質ジストロフィーは不均一な疾患で欠損する酵素が特定されていない。ほとんどが弧発性である。Kufs’病はまれな疾患でtypeAとtypeBがある。リポフスチンという色素が代謝されずに蓄積して起きる。40歳くらいまでに発症し、脳内の神経細胞が徐々に死滅していくことで視覚障害、知的障害、歩行や行動異常などを引き起こします。乳幼児~こども時代に発症するタイプと比較すると、その発症率が非常に低い。
  • 毒素による認知障害もある。砒素、水銀、リチウム、アルミニウムなどが原因となる。これらは曝露後数時間から数日で起こるので鑑別に迷うことは少ない。マンガン中毒はパーキンソニズムを起こす。消化器疾患に用いるビスマスもCJDの症状と類似した神経症状を起こすことがあり、悪化すると死にいたる

精神疾患による急速進行性認知症

  • 精神疾患では時に精神疾患と紛らわしい。抑うつによる偽認知症は大うつ病のエピソードがある場合にしばしば認められる。
  • 人格障害、けいれん、精神病、仮病などの患者の中に真の認知障害も存在する。
  • また精神症状がCJD、DLB、CBDなどの変性疾患の早期症状の場合もある。